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 昨年に続いてまた1人、旅に出た。目的はもちろん川下りだ。組み立て式のカヌー(ファルトボート)をはじめ、荷物をごっそり車に積み込んで準備OK!
1日目
 残業のため予定より1時間遅れのPM7:00出発。昨年同様R8を西へ。金沢で事故のため少し渋滞していたが順調に距離をかせぐ。京都府の舞鶴市の少し手前まで来た所で眠くなったため国道脇の駐車スペースに車を停め車中泊。時刻は3:40。
2日目
鳥取砂丘
鳥取砂丘
 5:10起床。1時間半ほどの仮眠だったがだいぶスッキリした。朝日がきれいで今日も良い天気だ。ここまでは去年と同じルートで来たが今回はR9を鳥取方面に向かった。8:40、鳥取砂丘に到着。
駐車場に車を置いて砂丘を見る。当然のことだが砂だらけなのだ。数百メートル先の海の方に砂山があり、人が登っているのが見える。せっかくなんでそこまで歩き砂山を登ってみると海が一望でき、水平線がクッキリ見える。
砂丘をウロチョロ歩きまわり汗をかいたのでひとっ風呂浴びようと思い車を走らせていたら、ナンだカンだで米子まで来てしまい皆生温泉でやっと入浴しサッパリする。
午後になり気温はどんどん上昇し、各地で4月の観測史上最高気温を更新したとラジオのニュースは伝えていた。R9は景色も良く快適な道だったがこの暑さと睡眠不足でグッタリしてヘロヘロになってしまった。宍道湖を横に見ながらR54に左折、中国地方を一挙に縦断して5時前に広島市に入った。
市内中心部の有料パーキングに車を置き、広島球場や原爆ドームを歩いて見てまわっていたら腹が減ってきた。そこで広島といったらお好み焼きである。確かお好み村というお好み焼き屋だらけのビルがあったはずだ。人に聞きながら辿り着く。「ん〜・・・」思わず唸ってしまった。どこの店に入ればよいのだ?まぁどっかテキトーに選ぶしかない。混んでいる店がよいかと思ったが本場広島風お好み焼き初体験の初心者なので、あまり人の目を気にしないで食べれそうな比較的空いている店に入り、なんやらかんやらトッピングしたら1600円になった。「ん〜・・・」お好み焼きに1600円かぁとフタタビ唸る。食べ始めたらいきなり熱くてベロを火傷するし、けっこうなボリュームだったため後半はかなりキツかった。
膨れた腹をさすりながら車に戻り、駐車場の広島弁丸出しおじさんに道を聞いて7:45出発。30分ほど走りR2の佐方パーキングエリアで車中泊。 
3日目
 6:30起床、さらに西へ向かいすぐに出発。山口県に突入し、7:25今回の目的地のひとつである錦川の錦帯橋に到着した。
錦川のシンボル錦帯橋
錦川のシンボル錦帯橋
 錦川は島根、山口の県境にある莇ヶ岳付近に発して岩国市で瀬戸内海に注ぐ。全長110km。錦帯橋はその錦川のシンボルだ。日本三名橋のひとつで一本の釘も使っていない5連のアーチ型木橋である。橋の下流左岸は広大な無料駐車場になっているがまだ朝も早いので車はほとんどない。
 予定ではカヌーにキャンプ道具を積み込んで根笠から錦帯橋まで1泊2日で下ろうと思っていたが、天気予報を聞くと明日は雨が降るらしい。
「ん〜、雨かぁ。今までは天候に恵まれてきたのになぁ」
悩んだ末、今日だけのワンデイツーリングにすることにした。
川沿いに上流へ向かい根笠駅の少し下流をスタート地点に決め、早速カヌーを組み立て10:00に川下り開始。
 錦川は川幅も狭く、110kmのいたってこぢんまりとした川だが水の流れは清冽で、険悪な瀬も無くのんびりと下れる川だ。ただこの日は水量が少なく、ザラ瀬で艇の底をこすってばかりでその度カヌーから降りては艇を引っ張り川の中を歩かねばならない。随所に現れる綺麗な玉砂利の河原には色とりどりのテントが張ってあり、カヌーで川下りしているグループも見うけられる。
ザラ瀬が続いたのですぐ降りれるようにと横着してカヌーにまたがって乗っていた。ザラ瀬を過ぎた流れのないトロ場のカーブになっているところで、インコースの河原にイキナリ釣り師の姿が目に入ってきた。
「あ、マズイ」
釣りの邪魔をしないようにと避けて通り過ぎようとしたらあわててバランスを崩して沈(まぁ、言うてみれば転覆やね)してもうて、かえって邪魔をする結果になってしまった。沈することは想定外だったためスプレーカバーはもちろんコーミングカバーも着けていなかったので艇を起こしても中には大量の水が入ってしまった。胸までびしょ濡れになりながらも岸にたどり着き「コイツ何やっとんねん」という釣り師の冷たい視線を背中に感じながら30分ほど排水作業していた。
しばらく下っているとやはりザラ瀬に引っかかっている40歳くらいのカヌーイストがいた。
「いやー大変ですね」
「もうちょっと水量があればイイんですけどネ」
「まったく。どちらから来られたんですか?」
「北九州からです」
「ボクは新潟です。お1人で?」
「いや、3人です。あとの2人は少し遅れているみたいだなぁ」
と後ろを振り返る。
ここまではほとんど漕がないでのんびりと来たが、この北九州のYさんと別れた後は気合を入れて漕ぎ始めた。前半悩まされたザラ瀬も少なくなり快調に進んでいたが今度は向かい風が強くなりはじめてきた。
2時少し前、行波橋手前で川下りを終了することにした。もう少し行こうかとも思ったが、風が強く疲れてしまったしここなら駅も近い。河原でカヌーを乾かしている間に車を取りに戻る。歩いて行波駅に行って20分ほど待って錦川鉄道に乗車し根笠駅へ。車でゴール地点に行くと北九州のYさん達が上陸していた。
「あっ、先ほどはどうも」
聞くと今日はここでキャンプして明日錦帯橋まで下るらしい。
「ボクもホントはキャンプしようかと思ってたんだけど、明日の天気が悪いらしいんでやめたんですよ」
「え?雨降るんですか。まいったなぁ」
カヌーを解体しながらYさんといろいろ話して、もし機会があったら今度一緒にツーリングしようということでお互い連絡先を教えて別れた。それから錦帯橋温泉に行きゆっくりと入浴し、さらに西へ。
ラーメン屋で夕食を食べ、眠くなってきたので9:15本日の行動を終了としゲームセンターの駐車場で車中泊。 
4日目
 5:40出発。ドライブインで朝食をとり、下関ICから高速に乗る。壇ノ浦PAで休憩して絵葉書を買い、自宅と会社に送る。そして九州初上陸なのだ。
門司港ICで高速を降り昨日Yさんに教わったとおりR200を南下。ちょこちょこと休憩しながら進んで行くと久留米付近で雨が降り始めてきた。天気予報を聞くと明日の昼くらいまで雨が残るそうだ。今日は時間が余るので阿蘇にでも行こうかと思ったが雨も降っているので山鹿温泉でゆっくりすることにした。サンパレス松坂という施設で2時間半ほどのんびりし、熊本市内を通り過ぎ八代市の手前のコンビニの駐車場で夜明かしを決め込んで公衆電話から家に電話すると母親が出た。
「もしもし、オレだけど」
「あら、どうした。今何処にいるの?」
「九州!」
「きゅ、九州ぅ〜!」
「そう。熊本!」
「くっ、熊本ぉ〜!」
「アハハハハ」
母親の後ろにいるらしい義姉の笑う声が聞こえた。家を出発する前、何処まで行くとは言ってなかったし九州に行くとも決めていなかったのでかなりタマげたようだ。8:00就寝。 
5日目
 夜中の12時頃、腹痛で目が覚めコンビニのトイレに駆け込み、それから眠れなくなって朝まで起きていた。5:15出発。目的地は川辺川。
 川辺川は日本三大急流のひとつであり九州No1フィールドの球磨川最大の支流だ。九州山地の奥深く国見岳付近を源として平家落人の里、五家荘から五木の子守唄で有名な五木村を流れ、人吉で球磨川に合流する。上流はかなりハードな上級者向きだが、川辺川最大の難所である観音の瀬を過ぎればビギナーでも楽しめる全国トップクラスの清流だ。しかし、五木村の大半が水没する川辺川ダムの建設工事に伴う濁りが出てきているらしく、この川の未来は暗い。球磨川も上流に市房ダムが完成後水質が悪化して川辺川との合流地点ではその濁った水と川辺川のキレイな水の境目にスジのような線ができるという。川辺川が清流のうちに下ってみたかった。
 7時前、人吉市に入ったが昨日からの雨はまだ上がっていない。ラジオの天気予報を聞いてみると予報は昨日とは変わっていて今日1日雨らしい。考えた末、予定を変更して指宿温泉に行くことにして川辺川下りは明日にした。このあたりは一人旅の良いトコであり、天気や気分などによっていくらでもお気楽に予定変更、ルート変更できる。まさに風の吹くまま、気の向くままなのだ。
人吉からどんどん南下して行き鹿児島へ入り桜島を左に見ながらさらに進んで、11:45指宿温泉の砂蒸し温泉に到着。
専用の浴衣を着てウラの海岸に出ると雨でも大丈夫なように屋根がついている。早速、砂に寝転がるとオバちゃんがせっせとスコップで砂をかけてくれる。小学生の時、海水浴に行って砂に埋められたコトがあるがそれ以来だ。身体を全部埋められ顔だけ出ているなんか情けない姿でしばらくボケ〜としていると早くも全身がポカポカしてきて汗が吹出してくるのがわかる。
「これはチョットなかなかヤルじゃない」
と感心しつつ相変わらず情けない姿でガマンしていた。数十分後
「う〜、ダメだ!」
と地中から出てきた怪獣のように砂を払いのけて立ち上がり「ガオー」と吠えたら砂かけオバちゃんがひっくり返った(ウソ)。
浴衣を脱いでシャワーで砂を落として内湯に入る。で、結局昼メシ食べたりして3時間ほどくつろいでいた。温泉街の土産物屋でアロハシャツや薩摩焼酎を買って人吉に戻る。その道中、雨は激しさを増し鹿児島市内では渋滞にハマり、なんかイラつきつつ7時半過ぎに人吉着。郊外の定食屋で夕飯食べて駅前の駐車場で寝た。 
6日目
 4:30起床。昨夜は今回の旅で何故か1番ぐっすり眠れた。雨は上がっていて、しばらく駅前周辺を散歩したあと6:00に発った。
コンビニで朝食を買って50分ほどでスタート地点に着く。空を見上げるとどんよりしていて今にも雨が降り出しそうだ。まぁだんだん天気は良くなるそうなので大丈夫だろう。
カヌーを組み立て8時頃川辺川に漕ぎ出した。昨日の大雨で水はかなり濁っているかと思ったがそうでもない。あれだけの雨量でこの水質なのだから普段はもっとキレイなのだろう。
頻繁に2級ほどの瀬があらわれ、瀬の中に岩があるためルート選びに苦しむ。かなり強い波をうけ頭から水をかぶったり、また沈しそうになったりした。スタートから2時間ほど経って雲間から日も差しはじめた頃、なんかあっという間にゴール予定地の柳瀬橋に着いてしまった。
「ありゃりゃ。はるばる熊本までやって来てたった2時間で終わりかい!」
ってなカンジで自分にツッコム。バス停まで歩いて時間を見ると1時間待ちだったのでヒッチハイクすることにした。5分ほどで中年男性の運転する車が停まってくれたので乗せてもらう。スタート地点まで行き、その男性はオレを降ろすと今来た道をUターンして戻って行った。わざわざオレのために遠回りしてくれたらしい。感謝!
 カヌーの撤収作業しているうちに天気はグングン良くなり雲ひとつない快晴になってきた。
川辺川上流
川辺川上流

さてと、これからどうしよう。球磨川を下ろうか?しかしそこは日本三大急流の一つだ。かなりのグレードの瀬が数ヶ所ある。
「ん〜、ちょっとナ〜」
そうだ!舟下りがあるはずだ。若干軟弱路線に切り替えて船着場に行き、料金を見る。
「さ、三千円。ちょびっと高いなぁ」
そうだ!人吉温泉がある。さらに軟弱化したオレは入浴料300円の中央温泉に入った。それから川辺川沿いの道を溯りながら阿蘇へ向かうことにした。しかしここからエライコッチャの始まりだった。最初は綺麗な川辺川を左手に見ながら鼻歌まじりに運転していたが五木村を過ぎてだんだん山深くなってきた。九州のロードマップはあるにはあったが、かなり大雑把でしかも古い。道はどんどん狭くなりずんずん山奥に入って行く。おまけに土砂崩れで通行止め区間などもあり迂回路通ってたら何がナンだか分からんなってきて、ほぼ完全に迷ってしまった。人に聞こうにも人に出会うワケもなく車の通りもサッパリない。唯一の救いは天気がピーカンだったことだ。もしこれが雨でも降っていたり、ましてや日が暮れていたらもう半泣き状態だったことだろう。
2時間以上山中をさまよい続け、なんとか夕方に高森町に辿りついた。阿蘇の麓ののどかな町といった風情だ。
駅前の駐車場に車を置き街中をぶらぶらと散歩。ついでに食堂に寄って夕飯を食べ車に戻って眠りについた。 
7日目
 明け方少し冷え込んで寒かった。6:30阿蘇に向けて出発したが有料道路に入って標高が高くなってくるとガスって何も見えなくなってきた。
7時チョイ前、山頂に着いてもあいかわらずマッシロケだ。しかし食堂で月見そばを食べながら外を見ていたらアレヨアレヨと視界が開けて晴天になってきた。
「おぉ!ラッキー」
ということでさらに中岳の火口まで登ってみる。そこからは噴煙が上がっていて有毒ガスの危険アリと注意書きがあった。
しばらくウロチョロしながら写真を撮ったりして下山し、湯布院に向かった。
車を置き歩いてぶらついてみると平日にもかかわらず観光客がかなりいる。
金鱗湖のほとりにある茅葺き屋根の無人共同浴場、下ん湯に行ってみる。なんか田舎にあるほったて小屋のようだ。料金箱にお金を入れ、戸を開けるといきなり浴室になっていて湯船の脇が脱衣所になっていた。
金鱗湖と下ん湯
金鱗湖と下ん湯
 しかも正面の壁はなく半露天風呂になっていて金鱗湖が望めるが逆に言えば風呂が丸見え状態である。ここは混浴なのだがこりゃチョット女性はキツイだろうなと思いながら服を脱いでザブン。「あぁ〜!」と思わずオヤジ化した声が出る。やや熱めのお湯が気持ちヨイ。
湯布院には1時間半ほど滞在して、「せっかくここまで来たんだ。別府温泉にも行ったれ!」と温泉のハシゴすることにした。途中、昼飯食べてから別府の鉄輪温泉のひょうたん温泉にまたザブン。
この施設はかなり広く、露天風呂はもちろん足湯や砂湯、歩行湯など様々な風呂がある。中でも圧巻なのは瀧湯と呼ばれる打たせ湯で20人ほどが一挙に入れる、というか打たれることができる。
次に佐賀関へと向かう。九州に別れを告げてカーフェリーで四国へ渡るのである。が途中でビミョーに道が分からなくなり「ハテナ?この道でヨイのだろうか」と不安になってきた。それで二十歳くらいのあんちゃんに道を尋ねたら、なんとまったく反対方向だというではないか。
「いや〜聞いてよかったヨカッタ」
とUターンしてずんずんと進むが、それらしい標識や案内板出てこない。なんかイヤな予感がして今度はもう少しちゃんとした中年男性に聞いたら、な、なんと反対方向だっちゅうやんけ!
「なんやねん!」
ふたたびUターン。そして最初に道を聞いた場所を少し過ぎた所で標識が見えてきた。
「チクショー!」
4時発のカーフェリーに乗るつもりだったが、このドタバタで遅れてしまい諦めていた。
4:05にフェリー乗り場に着くと、まだ船は停泊しているではないか。
「ご乗船の人はいませんかぁ」
「あ〜、乗ります乗ります。乗せてください。頼んます」
と乗船手続きをしてすべり込みセーフ。信号にもうひとつひっかかっていたらヤバかった。
出航後しばらくしてから甲板に出て陽の傾き始めた豊後水道の潮風にあたる。九州がだんだん遠ざかっていく。今回、勢いで初めて九州まで来てしまったがまた来ることできるだろうか。いや、もう無理だろうなぁ・・・とぼんやりと考える。だとしたらやっぱ球磨川下ったり、博多の屋台で酒飲んだり、あるいは長崎あたりにも行ってみたりすればよかったかなぁ。でもまぁ今更仕方ない。前を見よう。次は四万十川だ。
佐田岬を左に見ながら約70分で佐田岬半島の三崎港に入港した。
R197を西へ向かい、江川崎を目指した。R56に出て宇和町で夕食。とんかつ定食を食べる。よくよく考えるとここ数日の夕食はとんかつ定食やら焼肉定食など肉系の食事ばかりだ。まだ先も長いのでパワーつけにゃイカンと、自然と身体が欲しているのだろうか。8:20、ドライブイン(のようなトコ)の駐車場で車中泊することにした。9時就寝。
8日目
 5:00起床。車で道路に出ようとしたら、チェーンがかかっているではないか。
「ありゃま」
なんとかそれを外して出発した。
そして6:30、1年ぶりに四万十川に戻ってきた。
江川崎の土佐大橋の辺りにはテントが立ち並び、みんな朝食の準備などしてる。去年はもっと上流の土佐昭和からスタートしたが今年はここ江川崎からだ。2日間かけてのんびりしながら下ろうと思っていたが、またまた天気がモンダイだった。今日は晴れだが翌日は天候が崩れてくるらしい。しかし今回はナンだカンだで今日まで毎晩車中泊だ。少しくらいはテント張ってキャンプしたいではないか。ということで川下りは今日だけにして一晩野営、そして明朝撤収することにした。
河原に下りて「さて」とカヌーを組み立てる準備を始めようとしたら、
「おはようございます」
と自分と同い年くらいの男性がすぐ横に来て、やはりカヌーを組み立て始めた。のんびりと作業しながらチラチラと横目でその男性を見ると、テキパキとやっている。そして組み立て作業を終えて荷物を積み込むと
「それじゃ、お先に」
とカヌーに乗り込む。オレは
「あっ、はい、それじゃまた」
と間の抜けた返事をして彼を見送った。
それから遅れること数十分後の8:40、オレも出発準備が整い四万十川に漕ぎ出した。
 
沈下橋で休むライダー
沈下橋で休むライダー
「日本最後の清流」四万十川。しかし艇の上から川を覗くと今年も水質はあまり良くはなく、1年前初めてここに来て少しガッカリしたことを思い出す。けれども視線を上げて周りの景色を眺めると素晴らしい自然が目に飛び込んでくる。深い緑の山々の間を蛇行しながら流れる川に身をまかせ、自然を堪能しながらパドリングせずにドンブラコと流れる。
しばらく行くと左手前方の河原に派手な衣装を着た人が腰をおろして休んでいた。近づいてみると傍らにはマウンテンバイクがあり、派手な服はサイクリングスーツだ。しかもその人物は50代後半くらいのオバちゃんではないか。
「こんにちは。イイ天気ですね」
と言うと
「そうねぇ。気持ちイイわね」
「それじゃ」
「はぁ〜い、それじゃ」
と前を通り過ぎる。本当に天気は申し分なく最高で、文句なしに気持ちがいいのだ。
岩間沈下橋が見えてきた。この辺りは昨年、暴風雷雨のヒッチャカメッチャカな状況で下っていて橋を過ぎた右岸に逃げるようにテントを張って避難した苦い思い出の場所だ。
上陸して沈下橋に座って休憩していた。すると、あの派手派手オバちゃんがマウンテンバイクに乗って颯爽とやって来た。
「あれ、先ほどはドーモ」
「あら、また逢ったわね」
オバちゃんはご主人と名古屋から来ていて1人マウンテンバイクで四万十川沿いに江川崎から走っている途中で、ご主人とは河口の中村市で落合うことになってるらしい。30分ほど話をして
「それじゃ、そろっと行きます」
「気をつけてね」
「オバちゃんも」
と別れた。
陽はさらに高くなり気温も上がってきてポカポカ陽気で少しウ
極上の川旅
極上の川旅
トウトしてくる。スタートして15kmを過ぎた辺りで口屋内の沈下橋が見えてきた。ここで2回目の休憩だ。
そこではナント今朝先発した彼が笑顔で出迎えてくれた。
「ドーモ、お待ちしてました」
「いやいやドーモ、お待たせしました」
上陸し自動販売機で缶ビール買ってきてそれを飲みながら話をした。
このF君は岡山県から来たそうでオレより2歳年下。ここに来る前、広島〜島根を流れる江の川を下ってきたそうだ。四万十川は去年の秋に下って以来2回目で、その時は水量はかなり少なかったが水質は抜群に良かったという。
「今回はちょっと水が汚いですね」
「オレは去年の春に来たけど、その時はもっと濁っていたよ」
お互いのカヌーに乗ったりして1時間以上休み、それから2人で一緒に下り始めた。
少し向かい風がでてきたが天気はあいかわらず良い。周りは静寂で鳥のさえずりや「ぽちゃり、ぽちゃり」とパドルが水の中に入る音しか聞こえない。こんな時、言葉は必要ない。付かず離れずの距離で、たまに目を合わせては「ニカッ」とお互い満足そうに笑う。
勝間の沈下橋を過ぎて鵜の江のキャンプ場に到達。F君が
「ボクは今日ここで1泊しようと思うけど、どうしますか?」
「オレは賑やかなキャンプ場より誰もいない静かな河原の方がいいからもう少し下るよ」
「そうですか。
今宵の野営地
今宵の野営地
それじゃあまた」
「そうだね。機会があったら」
と軽く手を挙げ、背中で別れを告げる。やっぱオトコの一人旅はこうでなくっちゃダメなのだ。孤独でなければダメなのだ。哀愁が漂わなければダメなのだ。人気のない河原でキャンプをせねばイケんのだ。
3:50、高瀬の沈下橋を過ぎて江川崎から25kmほど下った辺りの左岸に上陸。
カヌーを乾かしながらテントを張ってキャンプの準備(ってほどでもないのだが)をする。
陽は西に傾き始め山々の影が次第に伸びてきてテントを覆う。フリーズドライの夕食をとり7時過ぎにシュラフに入って眠りについた。 
9日目
 明け方冷え込んで、服をもう1枚着ようかと思ったが面倒くさいので寒いの我慢してウトウトしていた。
5:00起床。コンロに火をつけお湯を沸かして玉子スープを飲み身体を温める。一息ついて河原をぶらぶら散歩した後、カップラーメンとカロリーメイトで朝食を食べ撤収作業にはいる。カヌーは昨日のうちに全て片付けてあるので楽だ。カヌーの入ったバッグを背中に担ぎ、手にはキャンプ道具などの入ったカバンを持ち、歩いて川沿いに走っている道に出てヒッチハイクをする。しかしドーニモコーニモ車が通らないのだ。やっと来た車も停まってくれない。
やり始めてから30分ほど経った頃、二人組みの中年男性の乗った車が停まった。
「すみません。江川崎まで乗せてもらえますか?」
「江川崎までは行かないけど途中までならいいよ」
この2人、山まで蘭の花を採りに行くそうで口屋内の辺りまで乗せてもらった。礼を言って車から降りて荷物をおろし、
「さて次はどのくらいで乗せてもらえるかな」
と荷物を道路脇に寄せていたら、1台のワンボックスカーが通り過ぎ30Mほど先でブレーキをたてて停まった。何気なく見たらナント昨日の派手派手オバちゃんが車から降りて走ってくるではないか。
「あれぇ〜!」
「ヒッチハイクしてるの?だったら乗って行きなよ」
「ありがとうございます。じゃ遠慮なく」
オバちゃんが車に向かって手招きをすると車がバックしてきた。運転していたご主人に挨拶をして荷物を積むと車内にはあのマウンテンバイクが縛って立てかけてあった。
「走ってたらなんか道端に見たことある人がいるなと思って慌てて停まったのよ」
「あはは。1台乗せてもらって来て、次やろうとしてたトコなんですよ。でも通りが少なくて・・・。助かりました」
2人は今日これから名古屋に帰るそうだ。走っていると昨日の天気予報どおり雨がぽつぽつとあたってきた。
江川崎で降ろしてもらい、別れた後去年も立ち寄ったヘルスセンターで入浴しようと行ってみたが、営業は12時からだそうで仕方なくカヌー館を見物したり昼飯食べたりして時間を潰しから再度行く。しかし広くはない(というか狭い)湯船は混んでいて芋洗い状態だしおまけにヌルイときた。早々に退散して1年前とは逆、川沿いを上流に溯るルートを通り窪川に向かった。途中の十和村付近で去年下った時ビビリまくった瀬を見つけ車を停めて道の上から眺めてみると恐怖の記憶が甦ってくる。
R56に出る頃になると雨はだんだん本降りになってきて道路も渋滞し始めてきた。日程に少し余裕が出てきて今後の予定についてふと想う。「さて、どうしようか?」四国には四万十川に劣らぬ吉野川や仁淀川というカヌーゲレンデがある。だが吉野川は早明浦ダム直下からのコースがあるが距離が少し短い。かといってその少し下流に行くと大歩危、小歩危というスーパースペシャルデラックスな激流コースが控えていてそんなトコ下ろうもんならそれこそ生命の危険が伴うのだ。では仁淀川はどうか?ここから近いしのんびり下れるぞ。しかし旅も9日目を迎え、基本的に毎晩軽自動車の運転席で寝泊まりしているワケで、なんちゅうかまぁそのぉ早い話ちょっとお疲れモードになってきたわけですね、これが。河原行ってカヌー組み立て、終わってまた片付けるという行為が微妙にかったるくなってきました。で、結論としまして川下りはもうやめてブラブラしながら帰途につこうかなと、つい24時間ほど前までは孤独で哀愁漂う硬派な男を気取っていた人は一挙に軟弱オトコに成り下がってしまったのだぁ〜。ハハハ。そうだ明朝は室戸岬で日の出を見ようではないか。そうだそうだ良いアイデアだ。男は太平洋に昇る朝日を見なけりゃイカンのだ。それが日本男児ぞ!とワケ分からずオトコをやや硬化しながらラジオの天気予報をチェックすると雨は今日中にあがり天気は回復していくという。
「天は我に味方せり!」
ファミレスで夕食を食べ、高知市を抜けてスーパーで翌日の朝食用のパンと牛乳を買って室戸市に入る。眠くなってきたので岬から20kmほど手前の海沿いのパーキングで本日の行動終了。9:30就寝。
10日目
 
室戸岬の日の出
室戸岬の日の出
5:10起床。「あっ!」前方に広がる海を見ると明るくなり始めている。「まずい!」慌ててエンジンをかけスタートした。海はさらに明るさを増し、ついに太陽が顔を覗かせてきた。「あぁ〜」運転しながら我ながら情けない声を出す。徐々に太陽はその全容をあらわし「あらら、あらら」と言ってる間にお日様による本日のニッポンの夜明け作業は終了してしまった。5:35岬に到着したが、室戸岬から日の出を見るという壮大?な夢は儚く散った。落胆しながら室戸岬灯台、さらには展望台に行きパンと牛乳で朝食をとりR55から海沿いに四国を北上。目指すは香川、大串温泉だ。徳島市からR192へ、そしてR318を経由してR11に出る。しかし、そこからがチョット難儀だった。大串温泉への標識、看板が見つからないのだ。約1時間後の12:40ヤットコスットコ辿り着いてみるとそこは素晴らしい場所だった。空を見上げれば雲ひとつなく晴れ渡っていて瀬戸内の海は青く広がり目の前には小豆島が見える絶好のロケーションだ。この絶景を見ながらの入浴は気持ち良く心身ともにリラックスできた。ふと気付くと時計は2時を回っている。早朝にパンを食べたきりなのだ。腹減ってきたのだ。「ん〜何食べようかなぁ。ここは香川だなぁ。ん?香川?そうだ!うどんだ。 
大鳴門橋
大鳴門橋
讃岐うどん食わずには帰れ
ん」車に飛び乗ってR11に戻りうどん屋を探して昼飯にありつき、ついでに土産のうどんを買う。その後観光物産センターに立ち寄り土産を追加購入し、徳島の鳴門市に突入。鳴門公園でしばし休憩。鳴門海峡をはじめ鳴門のうず潮、これから渡る予定の大鳴門橋が一望できる。そして鳴門北ICから本州四国連絡道路に乗り、四国を後にして淡路島初上陸だ。今日中にカーフェリーで本州に渡ろうかとも思ったがやめて、すぐにPAに寄り車中泊して明朝夜明け前に出発することにした。 
11日目
 1:50起床。2:15に出発してすぐに淡路島南ICで高速を降りる。料金を払う時、料金所のオジさんが「高速乗ってからスゴイ時間かかってますね」と、今までナニやってたんだというカンジで聞いてきた。「え?あぁ、パーキングエリアで寝てたんですよ」ん〜、なんか怪しまれたのかな?確かに鳴門北から淡路島南までたかが7km走るのに8時間もかかったら不審に思われても仕方ないだろうけど、パーキングで仮眠とる人けっこういると思うけどなぁ。などとボソボソと言いながらR28を北上し3時過ぎに津名港のフェリー乗り場に到着してみると車がずらりと並んでる。「ん?なんだ?え?まさか?もしかしてフェリーの順番待ちか?」と頭の中がハテナマークだらけになった。係員に聞いてみると、やはりそうらしく5時間待ちくらいになるかもしれないと言う。「ひぇ〜」と思わずブッとんだ。そっか!よくよく考えてみると今日はGW最終日だ。だから混んでいるのか。けれども仕方ない。今から瀬戸大橋まで回って行くのもアホらしいので最後尾に車をつける。しかし係員に脅されたが臨時便も出ているらしく、予約のキャンセルもあるのだろう、なんとか5:15に出航できた。旅も終盤になり大阪湾から、昇る朝日を見ながら少し感傷的になる。約1時間で大阪の深日港に入港し8日ぶりに本州の土を踏んだ。次に三重県の湯の山温泉に行くことにしてロードマップを広げて見るとR25があり、しかも奈良の天理からは名古屋方面に向かって最短距離で通っていてまことにいいアンバイである。泉南、岸和田、富田林を通り天理を目指した。そして天理からR25(名阪国道)入ってみると、そこは一般国道でありながら立体交差で信号はなく、車はバンバンとカッ飛ばして、ほとんど高速道路状態だった。GW最終日ということで渋滞を予想して夕方くらいまでに湯の山温泉に着けばいいやと思っていたが、拍子抜けするくらい呆気なく昼前に着いてヘルシーパル湯の山というトコに入った。ゆっくりと4時間ほど入浴&昼飯して次の目的地へ。が、基本的に次の目的地はないのだ。とりあえず北上。去年と同様に旅の最後の夜は宿に泊まろうと、途中で白川のF旅館に電話して明日の宿泊の予約をした。関が原近辺で夜明かししようかと思ったがイマイチよい場所がなく、岐阜市内まで来てしまった。ウロウロとさまよった挙句岐阜公園の駐車場で車中泊した。旅もあと2日だ。 
12日目
 4:30起床。今日は宿のある白川町まで60kmほど走るだけなので時間に余裕があり、早起きする必要はないのだが習慣になっているせいか早く目が覚めた。しばらく車の中でボケェ〜としてファミレスに行き朝食を食べウトウトとしながら3時間近く粘った。それから長良川に行ったりして時間を潰し白川町へ向かう。3時過ぎに白川に入り観光案内所寄って、「すみません。F旅館はどこですかね?」と尋ねると、案内所の人はケゲンな顔をしながら「F旅館?そんな宿あったかな」おいおい、しっかりしてくれよ、と思いながら「いや、あるはずなんだけど」と言うともう1人の人と調べてくれた。そして「やっぱり、そんな宿はありませんよ」「はっ?」慌てて昨日予約した宿に電話した。「もしもし。昨日電話で今日1泊予約した者ですが、今、白川町の観光案内所でそちらの場所を聞いたんだけど分からないんですよ」「白川町?ウチは白川村なんですけど」「へっ?・・・ガビ〜ン!!」いろいろ確かめてみると旅に持ってきたS社が発行している「全国版、温泉宿&共同浴場」という案内本が白川町と白川村を間違えているではないか。同じ岐阜県ではあるが町は比較的南部地方にあり、村は富山県境にほど近い北部地方だ。この本は今回(前回も)温泉に入ろうとした時など大変役に立ち重宝したが最後の最後でズッコケタ。今から白川村行ってる時間はないのでキャンセルして案内所の人に町の宿を紹介してもらうことにした。「牧ヶ洞がイイんじゃないか?」とひとりが言うと「そうだな。あこは新しくて綺麗だしイイな」ともうひとりも同調する。早速連絡してもらい宿泊の了解をとり場所を教えてもらう。国道を5分ほど走ると看板が見えてきて表示に従って左折すると、すぐ小高い所に綺麗な建物が見えてきた。車を停めて玄関を入る。「すみませーん!」「はーい」奥から女将さんらしき人が出てきた。「あのー、今しがた観光案内所でこちらを紹介してもらった者ですが」「あー、はいはい。なんか大変だったみたいですねぇ」と笑顔で迎えてもらい部屋に案内してもらった。荷物を置いて大の字にひっくり返る。久しぶりの畳はやっぱイイなぁ。しばらくしてから館内をブラブラしてみると案内所の人が言ったとおり新しく綺麗だ。風呂に入って部屋に戻りテレビを見ていると夕食の案内があり広間に行く。GW明けの平日なので他の客は年配の夫婦だけで、料理も美味しくいただけた。旅もいよいよ明日で終わりだ。今晩はゆっくり休んでもう1日事故に気をつけて帰ろう。10:15消灯。 
13日目
 7:30起床。やっぱり布団だとグッスリ眠れたせいか久しぶりの朝寝坊?だ。8時から朝食で、その後帰り支度をした。宿のご主人に道を聞いて9:05出発した。R19に出て松本、長野を経由して所々で休憩しながら新潟県に入る。妙高高原の赤倉温泉にでも入浴して旅を締めくくろうかと思い立ち、温泉街の方に上がって行くとスキー場に残雪があるではないか。そこで遊んでいたら時間がなくなってきて温泉は取りやめて帰ることにした。そして、5:55なんとか無事、自宅に到着。走行距離のメーターは3482kmになっていた。 
あとがき
 これは1996年、前年に続いて行った旅の記録で、日程的にも距離的にも1年前を上回りナンだカンだで本土最南の遥か鹿児島までの日本半周の旅となった。出発直前から咳が出はじめ、喉も痛くなり体調があまり良くなかった。長旅なので少し心配だったが、まぁ大丈夫だろうと決行した。雨のため予定をどんどん変更せざるをえなくなったがそれも気ままな一人旅の範疇だ。しかしもっと河原でキャンプをやればと後悔している。雨が降ったら降ったでテントでのんびり読書でもしながら過ごすのもよかっただろう。今回は3本の川をハシゴしたが、錦川はとにかくもう少し水量がほしかったし、川辺川は大雨の後にしては水がキレイだったが下流部を下ったため風景は良くはなかった。水質的には今回も四万十川には裏切られたがこの川は周辺の環境、自然、風景が素晴らしくまた機会があれば2、3日かけて下りたい。旅の後半は疲労からか運転中に眠くなったりして少しキツい時もあったがこのような1人での放浪旅は最高に面白く気力、体力が続く限りやっていきたいと思っている。
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