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富士登山日記2003

 いつの頃からだっただろう? 30年以上の付き合いである悪友のAと、どちらからともなく「今度、富士山に登ろうぜ」
という話をしていた。言わずと知れた世界に誇れる日本一の山。日本に生まれた人間として標高3776メートルのテッペンに立ってみたいではないか。

 そして、ついにその時がやってきたのだ。

 当初は7月下旬の予定だったが、都合が悪くなり7月上旬の決行となった。その時期はまだ梅雨の真っ只中で天候も安定していないということらしいが仕方ない。その代わり、まだ登山客がそれほど多くなく比較的空いているようだ。

 『るるぶ』を見ると、モデルプランが載っていて『日帰り』『夜行日帰り』『半泊1日』『1泊2日』などとある。Aと何回か打合せを重ね、プランやスケジュールが決まってきた。ルートは人気No1の河口湖口からの日帰り。山小屋には泊まらない。しかし、日帰りは山歩きに慣れた健脚向きと書いてある。瞬発力系のオレは自慢ではないが持久力にはからきし自信がない。それはもう、ものの見事にない。走るのも、泳ぐのも短距離派なのだ。長距離は苦手、長いのはダメ、長いモノには巻かれてしまう?のだ。高校時代、地元の米山登山でも、一人、班から遅れて「ヘーこら、ヘーこら」とヨレヨレになって登った苦い思い出がある。さらに読み進むと初心者には無理とまで書いてあるではないか。でも行っちゃうのだ。登っちゃうのだ。

 下山した後、すぐに帰宅するのはさすがにキツいので宿に泊まってゆっくりすることにして、河口湖の側にある『泰平館』という旅館を予約。それから必要な装備・備品の買い出しをして、トレーニングを開始・・・しようかと思ったがしなかった。おかげで後々泣くことになってしまうのである。そして、体力以外は準備万端、当日を迎えた。

 朝8:30、Aが迎えに来て出発。米山ICから高速道路に乗って北陸道〜上信越道〜長野道と快調に進む。

 11:15、諏訪湖SAで休憩。ここでは温泉に入れるのだ。昼食を食べてからザブンと入浴し、リフレッシュしてから再スタート。1時半過ぎに河口湖ICを降りて、時間があったので宿の場所をチェックがてら下見をして富士スバルラインを登り五合目を目指した。

 途中、展望所の看板があったので駐車場に車を停めると往復で1.2キロメートルあるという。
「どうする?」
「ウォーミングアップがてら歩いてみるか」
と、短パン、サンダルのスタイルで歩き始めた。天気はうす曇りで、富士の山頂を見ると雲はかかっていないし下界も見渡せる。この天気が明日までもってくれればいいのだが。

 3時半過ぎに五合目に到着すると駐車場はそこそこ埋まっているものの、そんなに混んではいない。ここには5年前の夏に来たことがあるが、確か駐車場は満車で少し下の方に車を停めた記憶があり、そこはもう大型レストハウスが立ち並び一大観光地の様相で人で溢れかえっていたのだ。

 車を駐車場に停めて土産物屋をブラブラした。
「下山後に土産を買う元気があるかどうか分からんから、今のうちに買っておくわ」
と、オレ。
「そうだな。そうするか」
二人して土産を買い込んだ。
 
 神社があったので登山の安全祈願をして、レストランでちょっと早い夕飯を食べる。明日は勝負なのだ。したがってゲンをかついでカツカレーを注文した。富士山に勝たねばならんのだ。
 車に戻り6:30、車内で寝る。

 雨がシトシト降ってきた。

 夜中の1時に起きて準備に取りかかった。願いも虚しく雨は降りしきっている。ザックに荷物を詰めてから服を着替えて帽子をかぶる。そしてレインウエアを着て最後にトレッキングシューズの紐をしっかり結ぶ。

 2:20、準備が整って、いよいよ3776メートルの頂きを目指して出発だ。

 登山ゲートをくぐり、幅の広い水平道をしばらく歩くと分岐点があり右に折れると樹林帯の登り坂になってきた。今でもたまにラグビーをやっているというAは、トットコトットコと早いペースで登って行くがオレは自分のペースを守る。出発前にお互いの写真を撮り合い、ほぼ同時刻にスタートしたアベックと抜きつ抜かれつしながら約30分で六合目の安全指導センターに到着すると先着したAが待っていた。ここまではなんとか快調である。

 六合目過ぎから除々に苦しくなり始める。七合目の山小屋の灯りが見える。
「あれが七合目の日の出館の灯りだな」
「そうだな。とりあえずあそこを目指して行けばいいんだろう」
しかし、登って行くにつれ、灯りが右方向にだんだん遠ざかっていくではないか。
「おい、なんか変じゃないか?」
「道を間違えたかな? でも分かれ道なかったよな」
「たぶん一本道だったと思うけど・・・」
「もしかすると見落としたのかもしれないな。戻ってみるか」

 しばらく戻ってみたがやはり他に登山道らしきものはない。結局、またUターンして登り始める。ヘッドライトはあるものの、とにかく暗くて道は見えないし、アベックもどこへ行ったことやら他に登山客がいないので結構心細かった。

 七合目に到着。
「結局、さっきに灯りはなんだったんだ?」
「知らん。まぁ、とにかく間違えたんじゃないからオーライだ」
 少し休んで今回の秘密兵器第1弾である酸素のたくさん入っている水で水分補給とチョコレートで栄養補給。

 七合目を過ぎると、足場も砂から岩場になってきて傾斜もキツくなってきた。雨はあいかわらず降っているし、風も強くなり始め精神的にも肉体的にもシンドくなってくる。汗は吹き出てレインウエアの外も中もグショグショ。暑いし、疲れて休みたいんだけど、休むと気温も下がってきているため、冷えて寒くなり休めないというなんともツラい状況なのだ。

 うっすらと夜が明けてきたが、もちろん天候不良で御来光はペケ。山小屋も休憩のみはダメだったり、有料だったりするのだ。

 八合目あたりでは、登頂を諦めて下山していく人も見られた。雨はだんだん小降りになってきた。富士山ホテルの前でアルバイトのおねーちゃんが
「お疲れさまです。無料で休憩できますよ。休んでいきませんか?」
実際、このおねーちゃんは綺麗だったのだが女神様に見えた。

 中に入り、とりあえずレインウエアを脱いで汗を拭く。腰掛けて一息ついてから、おしるこを注文して食べた。
「あぁぁ〜、うめぇ〜! おしるこってこんなにも旨いもんだったんだなぁ」
と、しみじみ味わう。

 しばらく充電して気合を入れ直した。雨はなんとかあがったようだ。どこからともなく人が出てきて、さらに須走口登山道とも合流しさらに登山客が増えてきた。キツいんだけれども同じ目標を持った仲間が増えた感じで心強くなってくる。

 九合目の手前で、秘密兵器第2弾登場。酸素スプレーである。ここまで登ってきたが、若干息苦しく感じることはあるが、思ったほど高所の影響はない。しかし、今回に登山のために買って、かさばるスプレー缶を2本も持ってきたのだ。せっかくなので使ってみることにした。吸飲口をセットして口と鼻に押し当てて「シュー」とやって大きく息を吸い込む。
「ん? あまり変わらんぞ」
さらに「シュー」
「ダメだ。あまり効果がない」
「ホントに苦しい時に吸えば効果あるんじゃないか?」
「ん〜、そうなのだろうか」

 九合目を通過。見上げると頂上に手が届きそうな感じである。いよいよラストスパートだ。下山して来る人が
「もうすぐですよ。頑張ってください」
と、励ましてくれる。ゴール前の胸突八丁である岩場を登り切り、鳥居をくぐって最後の石段を踏みしめるように上がった。そしてついに久須志神社のある山頂に到達。時刻は8時30分。『るるぶ』に書いてあるとおり約6時間の行程だった。

 下界を見下ろすと、そこには大パノラマが広がって・・・おらず、見事に真っ白けなのだ。でも、とりあえず記念撮影をしてから人波に沿って歩いて行った。なんとなく、もっと広いトコロをイメージしていたが、山小屋が数軒並んでいるだけだった。

しばらく山小屋で休憩をしていると、
「どうする?」
Aが言ってきた。どうするとは、お鉢巡りに行くかどうかというコトである。
「山頂に着いたといっても、ここはまだ3776メートルじゃないんだよな」
「あぁ。お鉢巡りをして、剣が峰まで行こうぜ」
「よし、そうだな。テッペンに立たなきゃな」

 時計と逆回りでお鉢巡りをスタートした。晴れていれば下界の景色を眺めながら気持ち良く歩けたのだろうが、あいかわらずマッシロケのままだ。そのせいかオレ達二人の他は誰も歩いていないのである。風景を楽しむこともなくトボトボと、30分ほど歩いた頃だろうか。富士山の最高峰、日本の最高地点である剣が峰にたどり着いた。そこには日本最高点の石碑がたっており記念にパチリ。それにしても本来ならここから太平洋を望めるはずだろうに、まことにもって残念なのだ。『本日の気温5.5度』と書いてあった。

 剣が峰を後にして馬の背と呼ばれる急斜面を下り降りてしばらく歩くと道が分かれている。案内標識も見当たらず、迷ったりしながらもなんとか1周してきた。

 真っ白けの中、いつまでも居ても仕方ないので11:00、下山を開始した。

 八合目までは登って来た道を戻り、そこから下山道に入った。そして、そこは地獄の入口でもあったのだ。

 砂れきの下山道はジグザグのブルドーザー道で斜度もけっこうキツい。背負ったザックは肩にくい込み、疲労で膝はガクガク、足の踏ん張りも効かず、少しのことで前につんのめりそうになる。登りのキツさなど問題にならない。今までの人生で1番ツライ経験と言っても過言ではないくらいなのだ。途中までは一緒だったAとも、その差はどんどん開き、みるみるうちに離されていく。

 永遠に続くかと思われたブルドーザー道も、やっと、やっと終わりを迎えた。しかし、まだここから横道を歩かねばならないのだ。Aは時たま休憩してオレを待っていてくれるが歩き始めればまた離される。そして、やっと、やっと、やっと、ヨレヨレのヘロヘロのフラフラになりながら五合目の駐車場にたどり着いたのは2:45で『るるぶ』の下山時間の目安より30分遅かった。

 昨日、土産を買っておいたのは大正解だった。とてもこれから土産を買う元気などどこを探してもないのだ。車の脇まで行くとザックをおろしてへたり込み、しばらく動けずにいた。汗まみれの服を脱いで着替える。脱いだ服を片付ける気力もなく丸めて車内に放り投げた。

 早く宿に行って風呂に入りビールを飲みたかった。五合目から麓に下りてコンビニでつまみを買うことにした。しかし、車から降りるとなんか足が変で上手く歩けないのだ。

 とにもかくにも『泰平館』にチェックインをして、なにはともあれ風呂に入って、なにはなくともビールを注文した。

 グラスを合わせ
「いやぁ〜、お疲れさん。キツかったなぁ」
Aが言う。
「死んだわ。ホント。あの下山は。よく、登りより下りの方がキツというけど納得だな」
「日帰りだからな。途中、山小屋で1泊して休めばかなり違うんだろうけど」
「まぁ、とにかくオレは懲りたわ」
まぎれもなく本音だった。

 つまみを少し食べ、かるくひっかけるだけにして夕食まで寝た。

 日曜日のためか、お客はオレ達だけで、広間での夕飯も貸切状態だった。料理も旨くビールもたらふく飲んで、もう一度風呂に入ろうと思っていたが部屋に戻ったらそのまま二人ともダウンして爆睡した。

 翌朝、目を覚ますとまた雨がシトシト降っていた。実は富士登山計画を進めていく段階で最終日、体力的に余裕があって、天気が良かったら本沢温泉に立ち寄ろうと企てていた。本沢温泉は、八ヶ岳の硫黄岳直下にある温泉で標高2150メートルの日本最高所の野天風呂がある。しかし、そこに入るには1時間ほど歩かねばならないのだ。今回、残念ながら体力・天候、二つの条件が両方ともズッコケて断念することにした。 

 本沢温泉への予定がなくなったので、ゆっくり朝食を食べてチェックアウト時間ギリギリまでのんびりしていた。『泰平館』は綺麗な宿で女将さんも気さくな人で気持ち良く過ごせた。

 帰りは、最初は高速に乗らず、R20を長野に向かって北上。
「なぁ、本沢温泉の代わりに燕温泉に寄らないか?無料で入れる露天風呂があるんだ」
Aに提案した。
「燕温泉か。いいねぇ。よし行くか」

 昼食をとり岡谷ICから長野道に乗って妙高へ急いだ。燕温泉に着いたのは4時になっていた。駐車場に車を停め、温泉街を抜けたところを左に登り、少し歩いたところに『黄金の湯』がある。やや白濁したお湯が満たされている湯舟に二人で浸かる。
「ちなみに、温泉街を真っ直ぐ行った奥にもうひとつ『河原の湯』というのがあるんだけど行く気あるか? そっちはここよりお湯が真っ白なんだ。ただ、さらに15分くらい歩かねばならんだけど・・・」
「いや、もう帰ろうぜ。そこは今度の機会にしよう」
「そっか、そうだな。お前は車の運転もあるしな。じゃあ帰るか」
と、やや落ち込みながら帰途についた。

あとがき
 一度は登ってみたかった富士山。それなりに入念な準備を進めてきた。だが富士山は甘くなかった。八合目くらいまでは風雨も強くかなり体力を消耗させられた。もともと、周辺に山がない独立峰であるため、気象条件も厳しいのだ。下山の時のコトは思い出すのもイヤなくらい辛かった。しかし、7.8月のわずか2ヶ月間で20万人もの人々が頂上を目指す、日本人にとって特別な山なのである。オレ達が登る前日の2日間は天気も良かったらしく、それがチョット悔しくて心残りだ。

 なんせ、とにかくナンギかった。

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